北極海の変化を海鳥で追う
食物連鎖と海洋生態系
気候変化が植物プランクトンの増殖時期、量、サイズに影響し、それを食べる動物プランクトンの増殖を左右し、動物プランクトンを食べる魚の数や成長に影響します。そしてその魚を食べる海鳥は、魚資源の変化にしたがって餌を変え、繁殖成績も影響を受けます。例えば、南極半島周辺の海に生息する海鳥やクジラ・アザラシの主要な餌はナンキョクオキアミです。ナンキョクオキアミは温暖化による海氷の減少にともなって減少しています。これはオキアミの主な餌である、海氷の周辺で増える大型の植物プランクトンの量と関連していると考えられています。その結果、ペンギン繁殖成績が低下しています。気候変化が海洋生態系に与える影響を探るうえで、漁業情報がない海域では、海鳥の餌や分布の変化がそれに代わる便利なインジケーターとなるでしょう。北極海の生態系の変化を海鳥で探る
北極海の海氷減少によって表層の生態系がどう変わろうとしているのでしょうか?それを海鳥の分布変化をとおして探ることができないかというのが我々の狙いです。北極海の表層生態系では、ケイ藻類を主体とする植物プランクトンを動物プランクトンのカイアシ類がたべ、それをホッキョクダラや海鳥、ホッキョククジラが食べています。北極海で海氷がへってもカイアシ類が重要な餌であり続けるのでしょうか? 海鳥ハシボソミズナギドリ(写真1、写真2)はタスマニア島周辺で繁殖し、北太平洋北部で非繁殖期を過ごします。写真1 話の主役ハシボソミズナギドリ (撮影:西沢文吾)。体重500〜600グラムで翼を広げると1m程度になる。世界に3千万羽がいると言われており、オキアミを主食とする。
写真2 ハシボソミズナギドリの繁殖地。 地面に巣穴をほってその中に卵を産む。調査のため巣穴にマークしている。調査地杭のところに巣穴がある。この杭の巣穴で卵を抱いている。
つまり南半球の夏である10月から3月に南半球で繁殖し、北半球の夏である5月から9月には北半球で越冬します。両方のいい季節を過ごすわけですが、そのかわり毎年片道1万2千キロに及ぶ渡りを毎年しないといけません。彼らの主食はオキアミであり、そのため、オキアミがいない北極海にはあまり分布していませんでした。オキアミの分布を調べる
海の中のオキアミの分布を調べるのは大変です。船でネットを引いてサンプリングし、魚群探知機で群れを探すのですが、1日かけてやっと100マイルほどの線をカバーできるにすぎません。北海道大学水産学部練習船おしょろ丸の航海では、南東ベーリングのごく一部とベーリング海峡・チャクチ海の一部の調査を1回やるのに30日を要しました。季節・年変化を知るにはこれを毎年何回も繰り返す必要があります。これにくらべると、ハシボソミズナギドリは、船からの観察、データロガーをつかった追跡がとても容易です。海鳥の移動とオキアミの分布の関係を探る
これまでにもハシボソミズナギドリがたまに北極海にいるという報告がありました。わたしたちは、タスマニアで繁殖するハシボソミズナギドリを捕獲し、足輪にデータロガーをつけ、翌年回収して、毎日の位置を1年間追跡しました(写真3)。写真3 どうやって渡りを調べるのか?
ハシボソミズナギドリの足につけたデータロガー。光の強さを10分おきに記録する超小型ジオロケーターを足輪につけている。翌年同じ巣に帰ったところを捕まえて、パソコンでデータを吸い上げる。光の強さを10分毎に連続して3年間記録できる。光強度の日周変化からその鳥がいた場所での毎日の日の出日の入り時刻を計測し、そこから毎日の位置(緯度経度)を200kmくらいの精度で割り出すことができる。同時に水温も記録している、衛星の表面水温データを使って位置の補正が可能だ。2~3gの重さで3年ほど連続記録できる。
その結果、5~8月にはオホーツク海南部やベーリング海南東部ですごし、9月にはベーリング海峡からチャクチ海に入ることがわかりました(図4)。図4 ある年1年間追跡した14個体の移動経路。1本の線が1個体。赤の個体と青の個体の越冬場所が違うことがよくわかる。赤個体は北海道の北の海であるオホーツク海で、青の個体はベーリング海だけで越冬する。同じ繁殖地で繁殖するのに越冬地は違う。しかし、赤の個体も青の個体も9月には北極海に移動することがわかる。
その後、南に2週間何も食べることなく渡りをするために、脂肪を蓄えないといけません。渡りの直前にわざわざ反対方向の北に行くのだから、この場所はかれらにとって餌が多いとても重要な場所であるに違いありません。さらに、船からの目視調査も行いました。夏(7月)には、ハシボソミズナギドリがベーリング海にはたくさんいたのですが、北極海にはほとんどいませんでした。一方、秋(9月)には、チャクチ海やバロー沖でハシボソミズナギドリがたくさんいるのがわかりました。これは先のトラッキングの結果を裏付けるものです。また、北極海南部にいるオキアミは夏には小さいが秋には数ミリまで成長していること、この成長したオキアミが多い場所にハシボソミズナギドリも多いことがわかりました。やはり、秋に北極海に入るのは、オキアミを狙ってのことのようです。これまでカイアシ類をたべていたホッキョククジラがオキアミを食べるようになったことも報告されています。オキアミ類がなぜ北極海に分布するようになったのか、そしてどのような役割を果たすようになるのか、今後の課題です。
文責:綿貫 豊(北海道大学水産科学研究院 教授)