北極域の氷河と氷床
氷河・氷床とは?
陸上に降り積もった雪が蓄積されて、やがて氷になって流れ始めたものを「氷河」と呼びます。北極や南極をはじめとして、ヒマラヤやヨーロッパアルプスの高山地帯、南米パタゴニアなど、世界中に氷河が分布しています。数ある氷河の中でも、グリーンランドと南極大陸を覆う氷は特に規模が大きいので、特別に「氷床」と呼ばれています。また、氷床以外の氷河は山岳域に多く見られるため「山岳氷河」と呼ばれます。北極域にはどんな氷河・氷床があるのでしょうか。
北極域の氷河氷床
北極に位置する世界最大の島グリーンランドでは、氷が陸地の80%を覆っています。これがグリーンランド氷床です。またアラスカ、北極圏カナダ、スバールバル諸島、アイスランドなどの北欧諸国、ロシア領である北極海の島々に無数の山岳氷河が分布しています(図1)。グリーンランド氷床が抱える氷は地球上で得られる淡水の約10%に相当し、北極域の山岳氷河は世界の山岳氷河総面積の約60%を占めています。これらの氷河・氷床は、地域や地球の環境に大きな役割を果たしているのです。
図1:北極圏の氷河氷床。画像はwww.antarcticglaciers.orgによる
氷河氷床が地球環境に果たす役割
陸上にある氷河・氷床が小さくなれば、融け水が海に流れ込んで海水面が上がります。たとえばグリーンランド氷床が全て融解すれば、海水面が7メートル以上上昇します。氷の融解が海に与える影響は海水面だけではありません。大量の淡水が入れば海水の塩分濃度や温度を変化させて、極域や地球規模の海洋循環に深刻な影響を与えます。さらに氷河・氷床の表面は、太陽からの光に対して高い反射率を持っています。もし氷が失われて、反射率の低い海や陸に覆われれば、地球が太陽から受け取るエネルギーが増えて、ますます温暖化が進むことになるでしょう。このほか、陸上と海洋の生態系、地形、水循環など、氷河・氷床は様々な地球環境に大きな役割を果たしているのです。地球で最も激しい気候変動が進む北極域において、氷河・氷床はどのような変動を示しているのでしょうか。
図2:南極氷床、グリーンランド氷床、および両氷床における氷の質量変化。左軸に氷の減少量を、右軸にそれに伴う海水面の上昇量を示す (Shepherd et al., 2012 を改変)。
北極におけるグリーンランド氷床と山岳氷河の変動
グリーンランド氷床は氷の厚さが平均1,700m、その面積は日本国土の4.5倍に相当します。このグリーンランド氷床が急激に氷を失っています。グリーンランド氷床が2000年以降に毎年失っている氷は約240 Gt (ギガトン:109トン)。この量は日本全国で年間に使用される生活用水の約20倍に当たり、海水面上昇に換算すると0.6mmに相当します(図2)。現在世界で海水面が上昇していますが、その原因の約半分が氷河氷床の縮小による物です(図3)。そして、世界中の氷河氷床における氷減少の約3分の1が、グリーンランド氷床で起きているのです。
図3:2004 - 2010年に生じた海水面上昇の原因割合(AMAP, 2017 を改変)。北極域山岳氷河の内訳は、北極圏カナダ(紺)、アラスカ(黄)、グリーンランド(橙)、スカンジナビア(赤)、北極圏ロシア(緑)。
一方の山岳氷河は氷床と比較してずっと小さいのですが、北極域の山岳氷河はグリーンランド氷床に匹敵する勢いで氷を失っています(図3)。年間に失われる氷の量は海水面上昇に換算して0.5mm。グリーンランド氷床に対して面積で25%、体積では4%にも満たない山岳氷河が、氷床と同じくらいの氷を失っているのは興味深いことです。
これら北極域における氷河・氷床の縮小は、主にふたつの原因によるものです。まず、気温の上昇によって雪や氷の融解量が増えています。さらに末端が海に流入する氷河(カービング氷河)(図4)では、その末端部が後退して氷が薄くなるとともに、流動速度が上昇してより多くの氷山を海に流し出しています。
図4:グリーンランド氷床から氷山を流出するカービング氷河。(グリーンランド北西部・トレイシー氷河、幅約5km)
氷河・氷床は、溶解と氷山流出(カービング)で失う氷の量が、降雪量とバランスすることでその大きさを保っています(図5)。北極域における氷河・氷床の将来を知るためには、気温と氷の流動に加えて降雪の変化を監視することが重要となっています。
図5:グリーンランド氷床・北極域山岳氷河の変動メカニズムを示す模式図。
文責:杉山 慎(北海道大学 低温科学研究所)