北極海の氷の特徴

北極と南極の違い

南極の主な氷は大陸上に雪が降り積もったもので「氷床(ひょうしょう)」と呼ばれ、厚さは数千メートルにおよびます。一方、北極の主な氷は冬に海水が冷やされて凍ったものなので「海氷(かいひょう)」と呼ばれ、厚さは数メートルくらいです。このような成因によって、「氷床」は融けても淡水ですが、「海氷」は塩を含んでいるという違いもあります。

地球温暖化などに伴って南極の陸上の氷が融けて海に入ればたしかに海面は上昇しますが(全部融けると70メートルくらい)北極の氷が融けても、海に浮いていたものが海水に戻るだけなので海面の高さは全く変わりません。北極の氷が海の上に見えるのは、「海氷」の密度が「海水」より低いという性質のため、海水が凍るときに体積が大きくなることが理由です(質量は不変)。

ただし南極でも大陸のまわりには「海氷」が存在しますし、北極でもグリーンランドの陸上に「氷床」が存在するので、ここからは「海氷」と「氷床」の違いに置き換えてみます。「氷床」は降り積もった雪の重みによって、大陸の中央部から海洋に接する沿岸部に向かって長い時間をかけて流れていきます。一方、「海氷」は海に浮いているので、風や海流によって比較的速いスピードで動きます。オホーツク海で毎年2月頃に見られる「流氷」も海氷の一部であり、ロシア沿岸で海水が凍ったものが数ヵ月くらいで北海道沿岸まで到達します。

 

北極海の地勢

北極海の面積は約1400万平方キロメートルで地球全体の海洋の約3%、日本の国土の約40倍に相当します。ユーラシア大陸側に水深200メートル以浅の広大な陸棚が分布しており、北極海中央部から北米大陸側にかけて水深3000メートルにおよぶ海盆が存在します。北太平洋とは水深50メートルほどのベーリング海峡でのみつながっており、海面の水位差によって太平洋起源の海水が北極海に流入しています。また北大西洋とはグリーンランドの両側に位置するデービス海峡・フラム海峡と、ロシア沖合のバレンツ海を通じて海水の出入りがあります。北極海で生成された海氷の大部分は北大西洋側に流出しています。

北極海の氷が減るしくみ

北極海の海氷が減る要因は大きく3つあります。まず風向きが変わることで、北極海を覆っていた海氷が比較的暖かい大西洋により多く流出して、そこで融けることが挙げられます。次に海上の気温や大気からの放射などが変わることで冬に凍る量が減る、または夏に融ける量が増えることが挙げられます。さらに太平洋や大西洋から流入した暖かい海水が海氷を下から融かすプロセスも重要です。実際にベーリング海峡から入ってきた太平洋起源の海水は陸棚上を経由した後、北極海の中央部にかけて海氷にとっての床暖房のような暖かい層を形成することが知られています。

北極海を循環する水塊

北極海の海氷の下には特性が異なるたくさんの水塊(すいかい)が存在しています。まず海面付近にはユーラシア大陸や北米大陸から流入した河川水が広範囲に分布しています。北極海への河川流入量は約3000立方キロメートルで、地球全体の海洋に流入する量の約10%に相当します。水深200メートルくらいまでの亜表層では、ベーリング海峡から流入した太平洋起源水が時計周りに循環しています。そのうち暖かい水塊は海氷を底面から融かすポテンシャルを持っており、冷たい水塊は炭酸カルシウムの殻を持つプランクトンにダメージを与えることがあります。北大西洋から流入する海水は太平洋起源水よりも高塩分で密度が高いため、水深200~800メートルの中層を循環しています。これらの水塊が北極海を循環している時間は数十年くらいと見積もられていますが、1000メートルより深い層では数百年以上も滞留している水塊が存在しています。

北極海を研究する手法

北極海を研究する手法としてはまず船舶観測が挙げられます。多くの人と機材を搭載できるので、1回の航海で様々な項目のデータを取得することができます。ただし砕氷船でなければ、海氷で覆われた海域の航行は不可能であり、砕氷船であっても厳冬期や乱氷帯の観測は難易度が高いものになります。海氷の下を観測するためには、おもりを付けた観測機器を海底に係留する、海氷そのものにブイを設置する、水中ドローンを潜航させるなど最先端の技術を駆使して様々な方法が採用されています。短時間で広範囲の情報を取得するには人工衛星が役に立ちます。衛星にマイクロ波センサーを搭載することで、北極海の海氷や海面水温の分布を毎日知ることができます。また変動メカニズムの解明や将来予測を行うのに、スーパーコンピュータを利用した数値シミュレーションも有効な手段です。これらを組み合わせることで、北極海の実態が日々わかりつつあります。

文責:渡邉 英嗣(海洋研究開発機構 地球環境部門 北極環境変動総合研究センター)

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